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2025 刑務官 No.26

明治時代の我が国の出来事に関する記述として最も妥当なのはどれか。

  1. 身分制の解体で不満を募らせていた士族による反乱が相次ぐ中、板垣退助が指導して西南戦争が起こった。戦争が鎮圧されると、西郷隆盛らを中心として自由民権運動が活発化した。
  2. 自由民権運動の盛り上がりを受け、明治政府は10 か月後に国会を開設する勅諭を発した。その準備として、大隈重信は内閣制度を定め、自ら初代内閣総理大臣となった。
  3. 伊藤博文らを中心に憲法草案が作成され、その後、大日本帝国憲法が発布された。第1 回衆議院議員総選挙では、選挙権は一定額以上の税金を納める満25 歳以上の男性に限定された。
  4. 日清戦争終結に当たり、清は、朝鮮の独立や琉球王国の我が国への割譲を認めた。明治政府は、朝鮮との間に安全保障条約を結び、また、琉球王国を廃して沖縄県を設置した。
  5. 欧米諸国の領事裁判権を認めず、我が国の関税自主権を認めた不平等条約の改正は、明治政府の課題であった。日露戦争後の交渉により、我が国は英国の領事裁判権を認めた。

 

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正答 3

1 誤り。西郷隆盛と板垣退助が逆。
2 誤り。初代内閣総理大臣は、伊藤博文。
3 正しい。
4 誤り。日清講和条約(1885年)で割譲されたのは台湾、澎湖諸島、遼東半島。朝鮮との間に安全保障条約は締結していない。琉球藩の設置が1872年であり、1879年には沖縄県が設置されている。
5 誤り。領事裁判権を「認め」、関税自主権を「認めなかった」のが不平等条約である。1894年の日英通商航海条約で領事裁判権の撤廃が決まった。(日露戦争が終わったのは1905年)

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