6 世紀から10 世紀までの中国に関する記述として最も妥当なのはどれか。
- 世紀末,隋が建国された。第2 代皇帝の煬帝は,長安と朝鮮半島を結ぶために大運河を建設したほか,優秀な人材を官僚に採用するため,仏教の知識を問う科挙を導入した。
- 7 世紀前半,唐が建国された。都が置かれた長安は,アジア各地の商人や使節が集まる国際都市として繁栄した。
- 8 世紀半ば,女真族の安禄山らが安史の乱と呼ばれる反乱を起こすと,唐は都を北京に移し,中国は南北に分裂した。
- 唐では,我が国から送られた遣唐使を通じて,律令と呼ばれる体系的な法制度や冠位十二階と呼ばれる行政機構が整備された。
- 10 世紀半ば,宋が建国された。宋では,李白らにより,科挙が廃止され,民衆の合議による共和政が導入された。

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正答 2
- 誤り。隋は6世紀末(581年)に建国 というのは正しい。大運河は長安と朝鮮半島を結ぶためではない。実際は華北と江南を結ぶ交通・物流のため。科挙は仏教の知識を問う試験ではなく、儒学(主に儒教経典)中心。
- 正しい。
- 誤り。安史の乱(755年)は、安禄山と史思明による反乱。安禄山は女真族ではなく、ソグド系とされる。唐は北京へ遷都していない。南北分裂も起きていない。
- 誤り。律令制度は唐の制度を日本が導入した。冠位十二階は日本(聖徳太子)の制度。
- 誤り。宋は960年(10世紀後半)に建国。李白は唐代の詩人。宋で科挙は廃止されず、むしろ発展した。共和政も導入されていない。