日清戦争から日露戦争までの時期の我が国に関する記述として最も妥当なのはどれか。
- 日清戦争の講和条約として下関条約が結ばれ,我が国は,当時の国家歳入を超える多額の賠償金を得たほか,清から遼東半島や台湾を割譲されることとされた。
- ロシア,米国,英国は,我が国が清から得た台湾を返還するよう要求した。これは三国干渉と呼ばれ,不満を抱いた民衆は日比谷焼打ち事件を起こした。
- 大隈重信と福沢諭吉により我が国最初の政党内閣が成立し,普通選挙法と共に治安維持法が制定された。
- 民間資本により八幡製鉄所が設立され,重工業の急成長を支えたほか,運営を担った岩崎弥太郎や田中正造を中心として財閥が形成された。
- 日露戦争の講和条約としてポーツマス条約が結ばれ,我が国は,戦費に相当する多額の賠償金を得たほか,ロシアから満州と千島列島を割譲されることとされた。

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正答 1
- 正しい。
- 誤り。三国干渉(1895年)はロシア・フランス・ドイツによるもの。米国・英国は含まれない。返還を要求されたのは遼東半島であり、台湾ではない。日比谷焼打ち事件(1905年)は日露戦争後のポーツマス条約への不満が原因。
- 誤り。日本最初の本格的政党内閣は原敬(1918年)。普通選挙法・治安維持法は1925年であり大隈重信や福沢諭吉の時期とは合わない。
- 誤り。八幡製鉄所は官営(政府設立)。岩崎弥太郎は三菱の創業者だが、田中正造は足尾鉱毒事件で政府を批判した人物。
- 誤り。日露戦争後のポーツマス条約では、賠償金は得られなかった。満州を割譲されたわけではない(南満州鉄道の権益など)。千島列島は割譲されていない。